Quick Answer
ケイ素(Si)は「ダイヤモンド構造(diamond cubic)」を持つ結晶で、面心立方(FCC)格子を基に各格子点にもう1つの基底原子が正四面体方向にずれた配置をとります。格子定数は約 0.543 nm(室温付近)で、各原子は sp3 ハイブリッド軌道による共有結合で4つの近接原子と結合します。主要な結晶面((100)、(110)、(111))は原子配列や表面エネルギー、化学反応性、機械的性質が異なり、半導体ウエハの切り出し・加工・デバイス特性に直接影響します。
ケイ素結晶構造の概要
ケイ素(Si)は元素周期表で第14族に属する元素で、固体状態では原子が規則正しく並んだ結晶を形成します。常温常圧での安定相はdiamond cubic(ダイヤモンド構造)で、これは面心立方(FCC)構造を基にした特殊な配置です。ダイヤモンドやゲルマニウム(Ge)と同じ型の結晶構造を持つため、結晶学的・電子的性質が類似していますが、バンドギャップや格子定数などの数値は材料ごとに異なります。
基本パラメータ(参考値、室温付近):
- 結晶構造:ダイヤモンド構造(diamond cubic)
- 格子定数 a ≈ 0.543 nm(5.43 Å)
- 原子配位数:4(正四面体配位)
- バンドギャップ(間接):約 1.12 eV(室温)
格子と基底 — ダイヤモンド格子の詳細
ダイヤモンド格子は、まず面心立方(FCC)格子を考え、その各格子点に基底原子がもう一つ(基底ベクトルでずれた位置に)配置されることで得られます。具体的には、FCC の格子点に加えて、単位格子中の (1/4,1/4,1/4) の位置に原子が存在するという見方ができます。
単位格子内の原子位置(相対座標、単位格子辺長 a を基準):
- FCC の格子点: (0,0,0), (0,1/2,1/2), (1/2,0,1/2), (1/2,1/2,0) など
- 基底による追加位置: (1/4,1/4,1/4) および FCC 点に同様にシフトした位置
この配置により、各原子は4個の隣接原子と正四面体(tetrahedral)を構成します。原子間距離(最短結合長)は a·√3/4 ≈ 0.235 nm 程度になります。
原子結合と電子構造(sp³ 結合とバンド構造)
ケイ素原子は価電子が4個(3s²3p²)で、固体中では sp3 ハイブリッド化して四方向へのσ結合を作ります。これにより共有結合ネットワークが形成され、機械的強度と高い熱安定性が得られます。
電子的には、ケイ素は半導体であり、価電子帯と伝導帯の間に間接バンドギャップ(約1.12 eV)を持ちます。結晶の対称性と原子間ポテンシャルがバンド構造を決め、電子・正孔の有効質量や移動度に影響します。
ポイント:
- sp3 結合により強い共有結合ネットワーク。
- 間接バンドギャップのため、光吸収・発光効率は直接遷移半導体より低い(光学用途では不利)。
- 不純物ドーピング(PやBなど)で自由キャリアを導入し、導電性を制御可能。
主要結晶面とその特性: (100), (110), (111)
結晶面は原子配列の並び方が異なり、表面エネルギー、化学反応性、機械的性質、エッチング特性が変わります。半導体ウエハの切り出しやデバイス製造ではこれらの面を意図的に利用します。
(100) 面
・立方格子の面に相当し、原子が格子点上に比較的規則正しく並ぶ平坦な面。MOS構造や走査型プロセスで扱いやすく、(100) ウエハは集積回路の基板として広く使われます。エッチングでは特有のステップ形成を生みやすい。
(110) 面
・原子配列がやや密で、機械的強度や表面反射特性が異なる。MEMSデバイスや特定の高性能デバイスでは(110)基板が好まれることがあります。
(111) 面
・原子面密度が最も高く、表面エネルギーが低い傾向。スライスしたときの割れ方向やステップ形成が異なり、光学面や一部特殊プロセスで利用されます。
まとめ表(簡易)
| 結晶面 | 原子面密度 | 代表的特徴 | 代表用途 |
|---|---|---|---|
| (100) | 中 | 加工・エッチングが扱いやすい | IC基板(CMOS) |
| (110) | 低〜中 | 特定方向の電気的・機械的特性に有利 | MEMS、特定デバイス |
| (111) | 高 | 表面エネルギーが低く安定 | 光学面、特殊ウエハ |
欠陥・不純物(ディスロケーション、点欠陥、ドーパント)と影響
実際の結晶は完全ではなく、さまざまな欠陥が存在します。欠陥は電気的特性・機械的特性・熱的特性に影響し、半導体デバイス性能や歩留まりを左右します。
主な欠陥の種類
- 点欠陥: 空孔、過剰原子、不純物原子。キャリア捕獲や再結合中心になることがある。
- 線欠陥(転位): ディスロケーションは機械的強度を低下させ、エピタキシャル成長やデバイスに悪影響を与える。
- 面欠陥: 積層欠陥やツイン。結晶の整列を乱す。
- 不純物(ドーパント): P(リン)やB(ホウ素)などは意図的に導入してn型・p型を作るが、他の不純物はトラップや再結合サイトになる。
欠陥管理のため、結晶育成・ウエハ加工・熱処理・洗浄・表面処理が重要です。
単結晶育成法と結晶品質:CZ法・FZ法
半導体用シリコン単結晶は主に次の2つの方法で育成されます。
Czochralski(CZ)法
溶融シリコンの溶湯から種結晶を回転・引き上げて単結晶を成長させる方法。大量生産向きで径の大きいインゴットが作れるが、溶湯由来の酸素(O)やその他不純物が結晶中に取り込まれやすいという特徴がある。
Float-Zone(FZ)法
結晶成長中にゾーンメルト移動でインゴットの不純物を追い出す方法で、非常に高純度(低不純物)の単結晶が得られる。だが原料と工程が高コストであり、径の制約がある。
用途により CZ と FZ を使い分けます。例えば高抵抗・高純度が必要なパワーデバイスや高周波デバイスには FZ が有利な場合がありますが、一般のIC製造では CZ が主流です。
実験的測定・解析手法(結晶評価)
結晶構造と品質の評価には次のような手法が使われます:
- X線回折(XRD): 格子定数、方位、結晶相の同定。
- 走査型電子顕微鏡(SEM): 表面形態、微細構造の観察。
- 透過型電子顕微鏡(TEM): 転位や原子スケールの欠陥観察。
- 二次イオン質量分析(SIMS): 深さ方向不純物プロファイリング。
- キャリア移動度測定・抵抗率測定: 電子・正孔の移動度や濃度の評価。
半導体デバイスへの関係と設計上の注意点
結晶面と結晶品質はデバイス設計・製造に直接影響します。例:
- トランジスタのチャネル特性: 表面の原子配列が界面トラップ密度や閾値電圧のばらつきに影響。
- 熱処理工程: 拡散や酸化の挙動は面によって異なるため、プロセス設計で面依存性を考慮する必要がある。
- 破壊・チップの取り扱い: 結晶方位に沿った割れやすさ(脆性面)を考慮してウエハの加工・取り扱い条件を設定する。
さらに次世代パワーデバイスや広温度域での高効率デバイス設計では、SiC・GaN 等の別材料も注目されていますが、Si の結晶工学的な知見は依然として中心的役割を果たします。
まとめ
ケイ素はダイヤモンド構造という共有結合ネットワークを持つ半導体で、格子定数、結晶面、欠陥、育成法などの結晶学的な要素が電子的・機械的性質を決定します。半導体製造においては、結晶の向き((100)/(110)/(111))や不純物レベル、転位密度などを厳密に管理することでデバイス性能と歩留まりを最適化します。
FAQ(よくある質問)
Q1. 「ダイヤモンド構造」とは具体的に何を意味しますか?
A. 面心立方格子の各格子点にさらに (1/4,1/4,1/4) の位置に原子が配置される構造で、各原子は正四面体的に4つの隣接原子と結合します。これにより三次元共有結合ネットワークが形成されます。
Q2. 格子定数は温度で変化しますか?
A. はい。熱膨張により温度が上がると格子定数はわずかに増大します。精密プロセスや材料解析では温度補正が必要です。
Q3. なぜ (100) 面がIC製造で一般的に使われるのですか?
A. (100) 面は加工性や酸化・エッチング挙動が良好で、MOS構造(シリコン酸化膜とトランジスタ界面)の特性が安定しやすいため、集積回路向けウエハで広く採用されています。