はじめに
炭化ケイ素(SiC)は、モース硬度9、熱伝導率が高く脆性破砕を起こしやすい特性から、金属・セラミックス・硬脆材料の 研磨・ラッピングで広く用いられる代表的な研磨材です。特に粗~中仕上げ域で高い材料除去効率(MRR)を発揮し、工程短縮とターゲット 表面粗さの両立に寄与します。本稿では、粒度選定、スラリー条件、パッド/定盤、品質管理まで、現場実装に役立つ要点を体系化します。
SiC研磨の基本メカニズム
- 切削・微破砕:尖鋭なエッジで母材を剪断しつつ、自身は微細破砕してエッジを更新。
- 熱拡散:高い熱伝導で局所発熱を緩和。焼き付きや変質層を抑制。
- 材料適合性:鉄鋼・SUS・Ni基合金・SiC/Al₂O₃系セラミックス・硬質合金の粗~中仕上げに好適。
最終鏡面(Ra < 5 nm)を狙う最終工程は、一般に酸化セリウムや高純度アルミナ等の化学・機械作用が強い砥粒に委ねます。
粒度分布と表面粗さの関係
目標Ra/Rzに対して、平均粒径(D50)だけでなく粒度分布(D10–D90)が重要です。ワイド分布はMRR向上と引き換えに深いスクラッチを誘発、 ナロー分布は安定した粗さを得やすい反面、MRRは低下します。下表はFEPA F番手の目安と到達粗さの参考域です(材料・条件に依存)。
FEPA F 番手 | 代表粒径 D50 [µm] | 用途目安 | 到達表面粗さ目安 |
---|---|---|---|
F80–F120 | 200–125 | 荒研磨・バリ取り | Ra 1.5–3.0 µm |
F180–F240 | 82–58 | 中研磨・形状出し | Ra 0.6–1.2 µm |
F320–F400 | 36–23 | 仕上げ前段 | Ra 0.20–0.6 µm |
F600–F800 | 12–8 | 仕上げ | Ra 0.05–0.20 µm |
F1000–F1200 | 5–3 | 微細仕上げ/前工程 | Ra 0.02–0.08 µm |
- 黒色SiC:靭性高め、コスト効率良好、一般用に広く使用。
- 緑色SiC:純度・硬度が高く、硬質脆性材や微細仕上げで有利。
ラッピング vs 研磨(バフ/砥石)
ラッピング(定盤+スラリー)
- 長所:平面度/平行度を出しやすい、面粗さが安定。
- 短所:治具設計・定盤管理が必要、エッジダレに配慮。
- 推奨:SiC F400–F1000、濃度 5–20 wt%、荷重 3–20 kPa、線速 0.2–0.8 m/s。
研磨(固定砥粒・バフ)
- 長所:MRRが高い、量産性に優れる。
- 短所:砥石目・スクラッチの抑制が課題。
- 推奨:SiC砥石(レジン/ビトリファイド)で粒度を段階的にダウン。
プロセス設計:スラリー・定盤・条件出し
スラリー設計
- 濃度:5–20 wt%(粗研高め、仕上げ低め)。
- 分散:pH調整(6–8付近)、分散剤 0.1–0.5 wt%で再凝集を抑制。
- 媒体:水系が基本。油系は潤滑性は高いが清掃性に難。
定盤/パッド選定
- 鋳鉄定盤:粗~中仕上げでMRR良好。
- レジン/PUパッド:仕上げ域で面粗さ安定、スクラッチ低減。
条件最適化の指針
- 荷重:Raのばらつきとスクラッチを見て段階調整(過荷重は深傷を誘発)。
- 線速:0.2–1.0 m/sの範囲で発熱と除去のバランスを取る。
- 供給:スラリーは少量連続供給で安定化。かけ流し+攪拌を徹底。
品質管理(QC)とトラブル対策
- 粒度分布の受入検査:D10/D50/D90、比表面積、異物混入の有無。
- 表面粗さ・形状:Ra/Rz/Pa、平面度・うねり測定(接触式+白色干渉併用が理想)。
- スクラッチ解析:顕微鏡/SEMで深さ・方向性を評価、粒径ダウン or 荷重低減で抑制。
- クロスコンタミ:工程間で治具/パッドを分離、清掃と保管を標準化。
ターゲット粗さ別・レシピ例(参考)
目標粗さ | SiC粒度 | スラリー(目安) | 定盤/パッド | 備考 |
---|---|---|---|---|
Ra ≈ 0.8–1.2 µm | F180–F240 | 15 wt%・水系 | 鋳鉄 | 形状出し重視 |
Ra ≈ 0.2–0.6 µm | F320–F400 | 10 wt%・水系+分散剤0.2% | 鋳鉄→レジンに切替 | スクラッチ減 |
Ra ≈ 0.05–0.2 µm | F800–F1000 | 5–8 wt% | PU/不織布 | 前加工平滑度が鍵 |
実機・被削材で最適条件は変動します。上記は立上げ指針としてご活用ください。
FAQ(よくある質問)
Q1. 黒色SiCと緑色SiCの使い分けは?
一般用途・コスト重視は黒色SiC、硬質脆性材の微細仕上げやスクラッチ抑制は緑色SiCが有利です。
Q2. スクラッチが減りません。
粒度を一段下げる、荷重を10–30%下げる、定盤をレジン/PUへ切替、スラリー濃度と分散を見直してください。
Q3. ラッピングの平面度が安定しません。
定盤の溝/面修正、ワークホルダの剛性、スラリー供給位置と攪拌、治具の面圧分布を点検します。
まとめ
炭化ケイ素 研磨は、粒度分布・荷重・線速・スラリー設計の整合で性能が決まります。まずは目標表面粗さから粒度レンジを決め、 分布のナロー化と供給制御でばらつきを抑えることが量産安定化の近道です。立上げ初期は工程内のクロスコンタミ排除と測定系の同一化を徹底し、 レシピを段階的に最適化してください。